セラピストは、1にスタミナ2にスタミナ3、4がなくて5にスタミナ。
鶏さんに感謝、いつもたまごをありがとう。
血をつくれるからだを養い中〈ゆらぎと眠り〉のセラピスト浅沼瞳です。
こんにちはー。
久しぶりの・音の言葉・シリーズです。
途切れることなく、眠りのまえに音叉を施し続けて変わってきたのは、「続ける」がなくなった、ということ。はじめは「続ける」きもちで続けていたので、これが一番の変化であり収穫です。
いつから?と聞かれても、わりと早い段階からで、きっかけがあった訳ではありません。心地よくて、心地よさの遠くのほうで好奇心や探究心がポーォッとゆらいでいましたので、2、3日めにはもう習慣ではなくなり、流れになっていました。困っちゃったなあ、というのはTwitterですね。言葉がやってこない日も多々あって、でも続いていることはアップしてっていう、そのこと自体にうんざりしはじめて。続ける動機のひとつとして「Twitterにアップする」があった場合、きっとつぶやきアップを続けていたんだろう今でも。けれどもそうじゃなく、呼吸のひとつくらいの流れになっているので、もういいじゃないかと。言葉がやってきたらアップしよう、言葉がやってこなくてもつぶやきたかったらアップしよう、にしましたら、さらに心地よくなりまして、「したくないことはしないってこういうことかあ」の味をしめてきています。○まるまるです。
気持ちも環境もからだの状態も、いつも同じじゃありません。ゆらぐしコロコロ変わります。同じ音をおなじように流していてもつまらないし、それではカタブツです。からだを休ませたいときには休んで充電し、リズムを変えて、リズムが変わって変調に気づけます。変調の中にあって、それに応じて対処ができるといい感じに流れていきます。応答して対処する。ここまできたら、いい感じです。
「続ける、続けよう」がなくなったらしめたものです。続いていきます。いやー、もう、今日はこのまま眠りたいーというときもあります。そういうときにも、たったいち音鳴らします。そんなときでも、今まで鳴らさないほうがよかった、ということはありません。こういう、しがみつかないふんばりみたいものがまた、音による作用になっていて、いざというときの、いつかのいざというときの「ちからの発揮」になっています。
したいことがみつからない、というひとは、ポイントがひとつあって、「してみたことのないことをやってみる」。おそらく、もうできそうなことはひと通りしてきているから、そこから脱出してみる。
続けられないひとは、「なんでもかんでもある一定量こなしてみる。そこに、できそうかな、できそうもないなとかの見出し語をつけずにこなしてみる」。そうこうしているうちに、手を動かし、体感をともなって続くか続いていくし、違う、と思ったら選びなおす。違っても、きっといろいろ試しながら見つけてる最中なので、絞りながら見つけていく。
そっか!と思ったらお試しあれです。
。。。。。
・音の言葉・番外編
355.5hz(F#)
空間と空間のあいだ
・
355.5hz(F#)
×
400hz(G#)
水槽のなか
水中で発光する
・
355.5hz(F#)
×
444.4hz(A#)
ゆらぐひかり
・
355.5hzはすき間のすき間、余白にある違和感をゆらします。
他の音とかけ合わせてやってくるのは
「たゆたうひかり」
どうにかしたいけどどうしたらいい?
しつくした後、なにも浮かばない、湧いてこない方に、たゆたうひかりを浸透させ、動きと流れを運んでくれます。
・音の言葉・番外編
355.5hz(F#)でした。
お次は
400hz(G#)
はじまってます。